08.July.2017

地元と呼べる範囲は意外と狭い

買い物ついでに少し先まで足を伸ばして、ひさしぶりの多摩サイ、そして日野駅。
橋を渡るとアウェー。というのは普段滅多に行かないからなのだけれども。

駅前のイベントで、東京にしがわ大学で以前一緒にしてた方とひさしぶりに立ち話。それぞれ活動の軸としてるところを変えたことで、思うところはそれぞれ。地元のごく狭い範囲でリスクと責任を引き受けながらやってる活動の話を、当然その中の人間関係は濃密になってるだろうとおもいながら聞いてました。

大きい枠組みでやることにはそれだけ影響力もあるし、いろんなメリットもあるのだけれども、どこかビジネスライクになったり、事務的な作業も生まれれば把握し切れない範囲も出てくるし、場合によっては「すべてがアウェー」みたいな事態にもなりえる。そういう把握してないことに対しても、主催側としての振る舞いを求められたりもして、それをつらく感じる人も中にはいたりもする。同じ趣味の集まりがスピンアウトしてできて、そっちの方が熱量を持ってたりするのって、把握できる範囲で純粋に楽しんでいたい、ということが半分くらいは無意識に働いてるんだと思う。そういう組織の細分化は宿命みたいなものなのかもしれない。

ここに限らず、数年前の同じ時期に同じところで活動してた人たちが、なにかのきっかけでそれぞれ自分の「地元」と呼べるところ、半径数百メートルくらいの範囲でやり始めてるのが面白い。
これだけを切り出すとにしがわ大学の活動は失敗だったのかと思われるかもしれないけれども、それがなければそれぞれ個々の活動も生まれないし、培ったノウハウも生かされてるし、東京にしがわ大学だってメンバー入れ替わって続いてる。そういう事例を目の当たりにすると、これって失敗ではなくそれぞれが「卒業」しているというただそれだけのことじゃないかと、そんなことを思いました。
それに何より、何もないところから立ち上げたことは偉大ですよ。

24.June.2017

国立うちわ市

ひさしぶりに国立。近いんだけどなかなか行かなくなった。

uchiwa.jpg


国立本店に関わってた頃はよくお世話になってたギャラリービブリオでうちわ市。これとゆいさんのかき氷が始まると夏だなあと思う。

22.June.2017

三笠


mikasa.jpg

07.May.2017

太田市美術館・図書館

国立本店の方に誘われて、太田市美術館・図書館を見に行く遠足へ。
ここがそんなに大きいわけでもなく、ツタヤのような話題性があるわけでもないのだけれども、なかなか素敵なところでした。

ota1


続きを読む

14.April.2017

no title

swan.jpg

11.April.2017

ミラノ

ミラノサローネの現地報告がタイムラインに上がってくるのは毎年この時期のことなのだけれど、ここ数年はあんまり興味を感じなくなっておりました。実際に行ったのは2010年。その後は直結するような活動をする機会もなく、仕事も生活もいろんな変化があり、雑誌を買わなくもなり、だいぶ内向きになってきて気がついたら7年。あまりにも違う世界に来てしまった感じすらあります。
しかしなぜか今年は会期前から、誰かを追っかけるというわけでもないけれどもなんか気になってました。残念ながら行けなかったけれども。

行ったところで、いまの自分自身の仕事や生活とのなにかしらの接点を見いだせるとは思えないのだけれども、たぶんあのときとは見るポイントもまるで違うものになっているのだろうという気はします。とはいえその7年前のことで印象に残っているのはメイン会場の外であり、会期終了後に帰れなくなった数日間に回ったモンツァやサンシーロやジェノヴァだったりするんですよね。
それでもなおこの時期のミラノに気持ちが向くようになってるのはやっぱり時間の蓄積が何か作用しているのかなと思います。

18.March.2017

la kagu

lakagu.jpg


神楽坂にいったのだからここにも足を踏み入れてみる。たぶん2年ぶり。
出版会社の元倉庫の建物を家具と雑貨の店とカフェにリノベ。デッキに続いた広い外階段から2階に直接入れる部分にセミナースペース、というのは建物の使い方として合理的ではあるし、イベントをやっていないときもそのスペースが「間」として機能してる感じがします。
柱が無くて天井が高い大空間の使い方としては、家具とセミナースペースというのは、こういう場所でしかできないことで、すごく合理的。そういえば書籍がなくなってたけれどもあれは企画展的な扱いだったのかな。

オープン直後の2年前に行ったときは、脈絡のよく分からない雑貨のセレクトに落ち着かなさそうなカフェ、スタッフも家具にも本にも興味が無さそうで、ソフト面のすべてが中途半端な印象だったのが、雑貨が色濃くなって、しかるべき所に間仕切りを立てて、店としてはわかりやすいものになったように思います。せっかくの大空間なのだから家具をもう少し大きく展開してもいいのにとも思うのですが、「ここに置いてある家具を家で使う」イメージがあまり湧かないんですよね。いろいろと思うところはあるのですがそれは自分の好みに依るところだし、実際に継続できる形態を考えるとこうなのかなとも思います。

リノベーションの真価はセミナースペースと外のデッキがどう利用されるか、というところにあるような気がします。

12.March.2017

本のフェス

今日は本のフェスへ。

昨年は手弁当感があったイベントの2年目は、会場の出版クラブ会館も知的な匂いがあって、そのなかで出店してる出版社も古本屋もお客さん以上に緩く楽しんでる感じがあってなんかいい。

honfes.jpg


ほとんどのイベントに当てはまるような気がしているのだけれども、年数重ねて規模が大きくなったり、運営が組織化されていくと、安定感と引き替えに失われる勢いや空気感はあるなとふと思ったり。ノウハウが蓄積されれば必然とそうなるし、継続していくためには必要なことで、なにも失われたものを悲しむようなことではない。
だけれど粗削りな感じ、やりながら運営を考えざるを得ない勢いが客の立場にも伝わってくる感じは初回にしかないかなと。

実際どうかは分からないけれども、イベントの第1回って案外そういうもので、でもそんな第1回があったから今の東京マラソンもフジロックもあるんじゃないのかなとも思ったり。

28.February.2017

未来の働き方を実験する

kamiyama.jpg


過疎の山間地に通信環境を整えて、空き家を利用した移住者を受け入れてきた神山町のことはこれまでもなんとなく耳に入ってきてました。移住政策もこの本で触れられてるのは2013年頃ですが、その後の展開をちらほら耳にして、数ヶ月単位で編集部丸ごと移す出版社が出てきたりして、地方創生を継続するものにするための「仕事」は既に、思い込んでる以上にフレキシブルになってるのではないか、とも思ったりします。

翻って自分自身のことを考えてみると、今は事務所を構えてそこに籠もってることが多いですが、実際はすこしばかり資料を広げられる場所と通信さえあればわりと場所を問わずに仕事でき、その資料も大半はオンラインでアクセスできるので、実は場所の制約は思ってたほどでもないように思えてきました。
会社勤めを辞めた5年くらい前、ずっと家にいるのも息苦しかったので図書館とかカフェで仕事してたこともありました。「ノマド」が流行り言葉のように使われてて、なんかいい気にはなってたけれども生産性は決して良くなかった。気分転換にはなるけれど。

今やるんだったらいっそのこと2週間くらいどこか地方でも海外でも滞在してそこで仕事する、ということをふと考えたらできそうな気がしてきました。受け入れてくれるところあるかな。
根拠はないけれども年1回か2回なら滞在費用なんとかなりそうな気はします。

28.December.2016

入口

box.JPG



ここしばらくはDIYづいてる記事を投下しておりまして、またこうして作っていることを知人に話したりもしてます。そうやって話しながら自分で気付いたこと。

本棚のように結構気合い入れて大きい物を作ったりもしてますが、自分自身がそうして作ってみようと思えるようになってるのも、幼い頃にほんの小さな工作を経験したことが影響してるのではないかなと思います。今でこそ電動の丸鋸やインパクトドライバーを当たり前のように使っているけれども、最初は地域のお祭りかなにかで地元の大工さんに教わってノコギリとカナヅチで箱かなにか作ったという、そういう経験があって、高校の文化祭での設営作業があって、大学に工房があってそこに籠もる経験をして、内装施工管理の仕事を経験して今こういうことをしているのは、いろんなことがすこしずつ影響しているなあと。
同じような経験をすれば誰もが自分みたいになるとは思わないけれども、ふと自分のことを思い返すと入口になったのは小さな工作体験だったということに思い至ってます。他にもプラレールとかミニ四駆とかいろいろあるけれど。


ここ数年住まい手の事情が大きく変わった実家に住みながら、特に家の中のものに関しては「買う」の限界を感じたりもして、そこに「作ってみる」という選択肢が普通に存在してもいいじゃないかとも、そうなるためにできることがあるような気がしています。

写真は胴縁と貫板(安価に入手できる建築の規格材です)でつくる本箱の試作。
とある方にインスピレーションを受けて作ってみたもの。勢いで作ったものだけれどもやってみると、単板を手で挽く感覚自体がひさしぶりだったことに気がつきました。やってみると案外すぐできる。

14.December.2016

家は編集できる。

toolbox.jpg


今住んでいるところは築30年弱のマンション。
3年半前に住み始めてから、少しずつ手を入れています。家族は30年住み続けてるけれどそれなりに汚くなったり、不具合が出てきた設備もあるけれども、それ以上に住んでる家族構成が変わっていったのが大きい。

最初は壁を塗ってみたり、床張りキットでフローリングを張り替えたり、業者に依頼した工事の合間に天井裏や壁裏を見てみたりすると、出来ることは案外多くあるというのがわかってくるし、出来ないこともわかるようになってくる。

床張りのような大げさな事は作業場の問題で出来なくても、扉の金物一つ替えるくらいはやり方さえわかれば大したことないし、そこまで本格的な工具も必要ない。それにやった後に得られる満足感は結構大きい。家の中にはそういうところは結構あるように感じてます。
そんなことを思いつつ読んだら3年前に既に書かれてた。しかも「HOUSE VISION」の展覧会でTSUTAYAが。

最近の住宅がどういう作り方をされてるのかは正直わからないけれども、工場生産されたユニットが占める割合が増えていくと、効率と精度は上がる一方で住み手が手を入れられる余地もどんどん減っていく、というのはあるだろうと思います。作り方は変わってるし、内装材に関しては商品化されてる物も少なくない。そのこと自体はDIYで何とかできる可能性も広げたことでもあるのだけど。
でもそうやって現場の工数が減り、工務店が企業化されたりして「街場の大工」が姿を消していった結果、些細な不具合を誰に相談したらいいかわからなくなるし、金物1個の交換で済む物をあきらめて放置されるか、家具なら丸ごと買い替えるか、という選択肢しかなくなりつつあるというのも現実だなあと。

09.October.2016

代々木上原

nakamuratei.jpg


国立本店の人たちが解体前の文化住宅の公開イベントをやるというので顔を出したあとはAfterhoursに行ってSPBSに寄ってくるという一日。

ブログ同士が繋がってた少し昔を思い出しながらなのだけれども、奥渋と言われるようになってオサレになってるのを見るとなんだか隔世の感があります。
時代は確かに流れてるしあの頃繋がってた人たちもどんどん先に行ってる。

30.September.2016

Ship Tracking

こんかいの島キャンプに向けて、キャンプ場が無料であることを言い訳にいくつかギアを買ったのだけれども、いろいろ検討した結果、個人輸入してみることにしました。
大体のものは日本でも同じものが買えるのだけれども円高ということもあってだいたい4割引くらい。英文読んだり時間掛かったりすこしばかりの体力が要るしそれなりのリスクもあるのだけれども、関税と送料入れてもかなり安い。

ずっと昔、BE-PALに綴じ込んであったハガキでREIやL.L.Beanのカタログを興味本位で取り寄せて、その内容のみならず「関税」とか「航空便」とか慣れない言葉に興奮しながら見てたこともあったけれども、実際に購入したのは初めて。Amazonで何でも翌日に届いてしまうのに慣れきってしまうと、到着までのだいたい2週間をまだかと待つ感覚がなんだか新鮮なような、懐かしいような。

tracking.png
DHLのサイトの追跡画面。「輸出」された段階で番号が日本郵便に渡されて郵便局のサイトで追跡できる


それにしても、パソコンひとつで決済して、すべて追跡できるんだから便利な世の中になったもんですねと普段使ってる通販では当たり前のことにしみじみと感動してたりもするのだけれども、それは着実に浸透してきているグローバル競争社会の一端でもあるし、それと背中合わせに存在してるのは「WORK SHIFT」に書かれてる世界だと思うとなんだか複雑な気分になります。

06.September.2016

天井点検口を付けてみた

今住んでる家は築28年の分譲マンションです。

住み始めたのは小学生の時、それから成長して一度家出て京都で学生して都内で会社員やって転々として今。
28年前の仕様も今となってはいろんなところが見合わなくなってきています。家族構成も大きく変わったし。
それでもってここ2年くらいの間、少しずつ改造しています。壁を塗装したり床を張ったり。

hatch.jpg


この家、当時の最新(?)設備として有線放送が備え付けられていて、天井にスピーカーが埋まってます。
ですが利用している世帯が少なかったり機器が壊れたまま放置されてる世帯も多いとか、そんな理由で一斉解約されました。個人で契約できないこともないけれども、月額数千円でその割使っているのがラジオくらい。

解約されてその後各戸にあるチューナーなんかはどうしているかというとそのまま放置。唯一天井裏が覗ける浴室の天井裏に鎮座しています。
チューナーはともかくとしても、スピーカーは使えないものかと思案しながら浴室の点検口を覗いて、管理人から図面をお借りして耐力壁や梁の形状確認して、配線経路を想像して浴室に接する廊下の天井を開口することを決意。
下地の位置を慎重に調べて、最後はエイヤで位置決めして、おそるおそる鋸を入れる。必要な補強をして、枠を取り付けて、四角く切り出した方を蓋に嵌めて完成。この先何度もやるようなことではないけれども、一度やってみるともう怖くない。

開けてみると、スピーカーコードがLR2本、各部屋の端子に伸びる同軸ケーブルが数本、あと有線放送の操作盤に繋がってる太いケーブルなどなど。有線放送の信号は同軸ケーブルにテレビと混合されて届いてたようで、ややこしい分岐をせずともこれをテレビに転用することもできるはず。
これら配線の有効利用を考えつつも天井裏にアクセスできるようになったので、まずはルーターやモデムをまとめて置くことにする。床を這ってた配線も、どう整理してもごちゃっとするモデムやルーターが見えなくなってすっきりしたところで第1弾は終了。

29.August.2016

継続するために執着しない

国立本店との関わりはいちおう去年8月で終わったのだけれども、決算期である今月のイベントはなんだかんだと今年も顔を出してきました。先輩風を吹かせすぎるのもどうか、とは思うので少しばかり控えめにそこにいる感じで。

久しぶりの方々ともお会いして近況を聞いたりもしたのだけれども、その中で昨年自分が企画してお呼びしたツルハシブックスの西田さんとの話の中で自分の店を閉める、という話はすごく気になってて、それがまた超ポジティブに言ってるあたりがなんだかタダではない何かを感じて、その何かを期待して行ってみたのだけれども、期待しているような答えはそこにはなかった。
確かに答えはそこに無かったのだけれども、それが期待はずれだったということではなくて、その言葉の中にこれからをなにか探ってるような、これからいろんな実験をしてみるんだ、なんの実験かもわからないけれどもとにかくやってみるんだ、というご本人がワクワクしているその感覚は伝わってきた。

場を持ってたり特に大人数でプロジェクトをしてたりすると、その活動体そのものの居心地がよくなるしそれを持続させようとする力は働いてくる。それで持続することが価値になってたりもするのだけれども、実際は家賃を払わないといけなかったり人手が足りなかったり周囲の理解が得られなかったりもすることもあるかもしれない。何事も理想だけで継続できるほど現実は甘くはない。
ツルハシブックスの閉店に何があったかはわからないけれども、当事者たちはものすごくポジティブに話してることは確かだ。話を聞きながら感じたのは、この当事者方にとっては閉店は次のためだし自分たちが信念を持って継続することを、自分たちが良しとする方法でやるためなのだということだ。そのためには今現在の居心地の良さには執着しない。そういうことなんだと思う。

自分が1年前に考えながらモヤッとしてたのはそういうことだったのかなあとも思い返してみたり。

26.July.2016

中庸が手に入らない

gomi.jpg


こないだの連休はかねてからの懸案事項だった自宅の片付け。
大きな箪笥と食器棚を処分しました。何十年と使ってきたものだけに、思うところもそれなりに出てくるけれど、いちいち気にしていたら片付けなんてできないのでエイヤで断行。無くなってみるとすっきりするし、そもそも必要なモノなんてそんなに無いのかもしれないとさえ思ってしまう。
捨てたものにも必要だった時期があったことは確かなのだけれども。

処分する家具を解体(というか分解)してみると、引き出しの仕舞いの一つとか、材料の突き合わせとか、目立たなく気にすることもないところに、丁寧な仕事の痕跡に気付く。安い組み立て家具にはないディテール。
なにも高級なものではなく、それこそ20年30年前だけれども、普通に家具屋で買えた家具。
あまたある価値の尺度の中で、価格が上位になれば「裏側なんてどうでもいい」ものしかなくなるし、げんに今、家具屋と言われて名前を挙げようとすると、そういうモノをオリジナルとして出してるところか、逆に手が出ないほど高級かのほぼ2択。
長く使えて、少し背伸びすれば手の届くようなものの選択肢が実は無くなってることに気がつく。こういうものが本当手に入りづらくなってるんだな。

すっきりした部屋には何を置こうか考えてる。そんなに多くはないはずだし、頑張ってもいいし、自分で作ってもいい。そもそも店にある中から選ぶ、ということ自体が妥協することでもあるわけで。

20.June.2016

フリーランス

気がつけば今のところに住み始めて3年。それまでわりとなあなあにしてたけれども自分に対するけじめの意味も込めて開業届を出したのもこのときなので事業主としても3年。そんなタイミングで高校の同期と久しぶりに会っていろいろ話す。

それぞれ環境は違えど事業主である自分を除けば中間管理職のような立場になっていて、苦労話と少しの愚痴にいろんな世界があるのだと感心する。会社の先行きに不安を感じてるけれども転職するにも年齢的に選択肢も少なくなってくる、というような話を聞いて思い出したのはいつだかTwitterのタイムラインに流れてきた「極論をいえばフリーランスに必要なのは実力でなくものではなく覚悟と度胸だ」という話。
私自身がそれを聞いた時はちょうど無職になって再就職活動をしている時で、それも自分から辞めたわけではなくてその経緯に会社に対していろんな感情が渦巻いてたけれども、一方でそこまでの覚悟も度胸もないからフリーランスは無理かとも思った。
その後就職と退職をして1年くらい後にフリーランスになったのだけれども、そのときもそこまでの覚悟をもって踏み出したというよりは、身内の環境や諸々鑑みるとそうするのが最も合理的な状況になった、という受け身でなったようなものでそこまで重大な決意をした感覚なはい。しかし年月が経って今、覚悟と度胸の話はものすごくよくわかるし転職を考えてる同期に自分を棚に上げてうっかり言ってしまいそうだったりもする。だけどもそういった覚悟というか腹の据わりみたいなものは『事業主』という立場になったことで後からできてくることのほうが大きいのではないかという気がしてきた。あくまで私の場合。

ただ、実力でなるものとは限らない、というのはその通りで「食い扶持をいかに確保するか」というシンプル問いの答えを突き詰めていくとスキルか人脈かそれまでに獲得した信用か貯蓄かそれ以外の何かか、ということに行き着く。実際どれが食い扶持に結びつくかは「なってみないとわからない」けれどもその局面で自分がこれと信じるものを後ろ盾にエイヤでなってしまう、そういうものだしそれが度胸なんじゃないのかなと思った次第です。

18.April.2016

銭湯

hatonoyu.jpg


古巣でもある国立本店が銭湯でイベントをやるというのでお邪魔してきました。女湯で壁面画を新たに描き換えるのを生鑑賞しながら、壁を隔てた男湯では浅く張ったお湯で足湯しながら読書。洗い場には銭湯や富士山や屋号にある鳩にまつわる本がセレクトされてて、タイトルを眺めてるだけでも銭湯文化の文脈が見えてくるのが面白い。
そして脱衣所ではライブやってたり「ロッカーくじ」なるものをやってて、会期は2日間で前日は女湯の壁画をライブペインティング。銭湯という空間とそこにあるものを使いきってるのが本当すごいなあと感心する。

印象的だったのは、そこに来てる人たち同士の距離がものすごく近いこと。靴を脱ぐからか、そもそも裸になる場所だからなのか。ものすごく広いわけではないし、さらに浴室と脱衣所それぞれ男女で十字に四分割されていてイベント会場としては勝手がよいとはいえないのだけれども、その狭さなのか、それでも天井は高いからなのか、そのちょっとした不便を不便と思わず、銭湯という場所として許容して、お客さんも一緒になってる印象でした。

銭湯はものすごい勢いで減ってて、東京都下だと1市に1ヶ所ないし2ヶ所くらいしかなくなってるのが現実で、声高に保存を主張するのもわかるけれど、普段使いする生活じゃなくなってる人が大多数という現実は変わりようがないわけで。でもこうやってみると場所のポテンシャルは他にはないものを感じます。銭湯として継続しながら面白い場所にもなりえるし、こういう場所があることはまちの財産だよなあと思いました。現存しているところは大事にしないと。

10.March.2016

仕事を還元する

前の話の続きとして。

今回、わりと身近なところに関われるようになったきっかけは、最近になって創業塾に参加したりいくつかの場に顔を出すようになったことで、そこで知り合った人たちの中に、頼みたいという方がたまたまおられました。
この類の場所には、以前から関わってたところもいくつかあるのですが、以前は業界くさいかビジネスくさいかで、要するに営業目的ギンギンの集まりか、もしくは逆にビジネスの匂いが全くといっていいほどしない、緩いサークルかだったのがビジネスの匂いはするけれども「業界臭くはない」という塩梅になってきたのが少し変わってきたように感じます。助成金を引っ張り出すとか、コンサル臭のする話も無いこともないのですが、お互いに持ってるものと悩みをさらけだして、それぞれできることで埋め合わせていく感じ。お金に結びつくことはあんまり無いけれども「役に立ってる」実感が伴ってる感じはあります。それに話も同業で集ったときに繰り出されたあるある話や共通の悩みが愚痴の言い合いに発展していく、というよりも建設的に話が展開していくように感じます。
そういう場に自分が入っていくことで自分から仕事のことを話すようにもなり、接点ができていくにつれて、これまでいわゆるBtoBとか、大プロジェクトの中のごく一部を請け負ってやっていたことやそこで身に付けたスキルを身近なところに生かす方法を、より具体的に考えるようになったのが自身のちょっとした変化。こうして自分の仕事が、身近なところに還元できるようになってるのが嬉しくもあります。

04.February.2016

フォーマット

このブログの個別の記事ページとかカテゴリ別のページがデフォルトのテンプレートそのままだったことに今気がついた。
表示をいじったのはそれこそ時間がたくさんあった学生時代のような気もするし、いつからこの状態だったんだろう、って鳥肌立ってきた。

ついでに文字サイズを少し大きくもしてみた。