24.May.2012

計画と無計画のあいだ

計画と無計画のあいだ


計画と無計画のあいだ---「自由が丘のほがらかな出版社」の話

ミシマ社の起業から5年間のエッセイ。思いつきのような起業からドタバタ劇のような日常の連続で読み出したら止まらない。でもその日常の一コマ一コマの中に、三島さんの「まっとうなことをまっとうに通じる会社にしたい」という信念と素直な心、率直な疑問が伝わってきて熱いものを感じます。
それらも「考えてみれば」当たり前のことでもあって、それが逆に自分たちの普段の生活のなかで、実感とか手触りとか、疑問を感じなくなってしまっている状況を考えさせられます。

序章のタイトル「それでも会社は回っている」に、なんだか救われた感じがしました。
ああ、そうなんだよな。いろんな事をつい、ややこしく考え過ぎてたんだな。

23.May.2012

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17.May.2012

東京駅

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ひさしぶりに見た東京駅。復原された姿はけっこうふっくら。

こうしてみると、高層ばかり建って、背景がカーテンウォールばかりなのもどうなの?とおもう。

10.May.2012

カルチャー形成のしかた

連休の一日、実家へ向かう前に手土産を物色がてら、戸越銀座を散歩。

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八百屋のおやじとか、商品がぎゅうぎゅうに詰まった小さい日用雑貨店の様子から、生々しい生活の営みが見えてくるのがなんだかほほえましい。
その中にある焼き鳥屋さんは店の前(要するに路上)にテーブルを出して、休日ともなればそこで昼間から一杯やってたりするのだけれども、そこにいるのはスーツ姿のサラリーマンではなくて家族連れ、というあたりにつくづく平和だな、と思ったり。

そうやって路上で一杯できるところが、ほんの少し前まではその焼き鳥屋1軒だったのが、同じ並びにあるおでん屋と唐揚げ屋も同じようにテーブルを出すようになった。ちょっとしたカルチャーが形成されていくプロセスを目の当たりにしているかのよう。
すぐ裏には住宅が密集していて、無理矢理つくった演出も非日常感もなく、軒を連ねてる商店で売ってるモノは日用雑貨と食料品がほとんど。その中で町の写真屋さんがすこしオサレに改装してたり、ものすごく小さい立ち飲みバーが出現してたり、民家を改装したカフェがここ1,2年の間にできて新旧いろんな店が共存して面白いことになってきてる。

その面白さ、というのはひとつひとつはなにも特別なことではないけれども、『業態』としてパッケージ化されたモノにはないし、流通チェーンによって投下されるシステムでは作り得ない、ある種の非効率や不合理の上に成り立ってるんじゃないかと。
その非効率や不合理を支えてるのは路上のテーブルで飲み食いしている人たちであり、それが継続することで2店目3店目が出てきていつの間にかカルチャーになっている。という流れをこれを見てなんか納得した。
社会運動はどうやって起こすか(TED Talks)


実際に商店街でおきていることを目の当たりにして、コミュニティとどう関わるか、その中での主体性とはどういうことなのかを考えてみると、案外シンプルな原則にいきつくのではないかという気がしてます。

28.April.2012

新年度

何かが変わった、というわけではないけど、なんとなく気分的にスイッチ。
そんな気になってる本を2冊。
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だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル
小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ

去年の年末から再び会社勤めを始めて、いろんなところでギャップを感じています。何もかもが思い通りに行くはずなんてない、ということはアタマではわかっているつもりだけれども、わかってないんだろうな。
それでもなにかモヤッとしているのはなんなのだろうと思っていたのだけれども、自分にとっての「適正なスケール」というのがあって、それに見合ってるもの、見合ってないものがある、そう考えてみたときにこういうことか、となんだかひとつつっかえてたものが外れたような気がしてきた。


「できない言い訳をするために人は論理的になる」という一文にはっとさせられた。
どう生きていくのか、考えを巡らせてるけれども、いかに行動するか。
なんとなく糸口があるようなでもまだモヤモヤ。